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東京地方裁判所 昭和35年(行)68号 判決

原告 有限会社北但建具店

被告 国

訴訟代理人 木下良平 外三名

主文

原告の本訴請求中、電動機に対する所有権の確認を求める部分は訴を却下し、その余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「三菱製三相電動機一馬力(製造番号第二二六三〇五五三号)一台につき原告が所有権を有することを確認する。四谷税務署長が原告に対し昭和三五年四月二一日右電動機についてした公売処分が無効であることを確認する。被告は原告に対し金五千円及びこれに対する昭和三五年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

原告は、木製建具の製造販売を業とする有限会社であるところ、四谷税務署長は原告に対し昭和三〇年度法人税等の滞納処分として昭和三一年一〇月二六日原告所有にかかる木工用昇降鋸盤一台を差押え、昭和三五年四月二一日これを公売した。ところで、右公売処分の対象は右昇降鋸盤のみであるにかかわらず、被告は、原告所有にかかる請求の趣旨記載の電動機(以下本件電動機という)もともに公売の対象となつている旨主張し、昇降鋸盤及び本件電動機を公売財産として競落人萩原節に引渡した。しかし、四谷税務署長が原告に対し交付した昭和三五年四月一三日付公売通知書には公売財産として「昇降鋸盤一台」とのみ表示されてあり、又同年五月六日付売却財産引渡通知書には「昇降鋸盤附属モーター一馬力附(内田商会製)一台」と表示されているものの本件電動機は、直結式に昇降鋸盤を動かしていたものでなく中間シヤフトを経てベルト掛式に他の木工機三台とともに昇降鋸盤を動かしていたにすぎないものであるから、昇降鋸盤に専属的ないわゆる従物ではなく、したがつて昇降鋸盤の附属モーターではないのである。一般的に機械工作を行う工業界ないし工作機械業界においても、特定の機械一台のみを運転するため当該工作機械に直接附属せしめた所謂直結式の電動機をもつて附属電動機と称しているのであつて、本件電動機の如く中間シヤフトを経て他の工作機を運転するベルト掛式をとる電動機については附属電動機とはいわないのである。このように法律上も社会通念上も本件電動機は公売物件たる昇降鋸盤の附属物ではなく独立した物件であるから、昇降鋸盤公売の効力は本件電動機には及んでおらず被告の主張する本件電動機に対する公売処分は無効のものである。したがつて本訴でこれが無効の確認と、本件電動機に対する原告の所有権の確認とを求める。なお、本件電動機は、四谷税務署長の違法な公売処分によつて競落人萩原に占有を奪われてしまつたので、原告が本訴で勝訴してもこれを現実に取戻すことができない。よつて損害賠償として被告に対し本件電動機の差押当時の時価相当額五千円及びこれに対する右占有侵奪の日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告は、主文と同旨の判決を求め、電動機に対する所有権の確認を求める請求につき却下の判決を求める理由として、

確認の訴は原告の請求についての確認の利益を必要ならしめる反対の利害関係人を被告としなければならないところ、原告が本訴においてその所有権の確認を求める電動機は、既に公売され所有権は競落人である訴外萩原節に帰属し、国は右物件に対し何ら法律上の関係を有しないのであるから、右物件の所有権確認を求める請求は同訴外人に対しなすべきであつて、国に対しその確認を求めることは何ら法律上の利益がなく、したがつて被告国は当事者適格を欠くものである。

と述べ、請求の原因に対する答弁及び被告の主張として、次のとおり述べた。

一、原告がその主張のような事業内容の会社であること、四谷税務署長が原告に対し昭和三〇年度法人税等の滞納税金徴収のため昭和三一年一〇月二六日昇降鋸盤他二点の動産を差押えたこと、同税務署長が原告に交付した公売通知書及び売却財産引渡書には公売財産としてそれぞれ原告主張のような表示記載がなされていたこと、昇降鋸盤が直結式でなくベルト掛式であり本件電動機の起動力により中間シヤフトを経て運転されていたこと、本件電動機の差押当時の時価が五千円であることは認めるが、本件差押ないし公売処分当時昇降鋸盤の他にも三台の木工機が本件電動機の起動力により運転されていたとの点は争う。本件電動機は、主として昇降鋸盤の動力として使用され、昇降鋸盤の附属物であり、右鋸盤とともに適法に公売されたものである。

二、本件の経緯

昭和三一年一〇月二六日四谷税務署長は、原告に対し昭和三〇年度法人税等合計一一四、三七〇円の滞納税金徴収のため原告所有にかかる昇降鋸盤、附属電動機、角ノミ機各一点の動産を差押えた。(そのうち角ノミ機一台については、所有者相違と認められたため昭和三二年六月一八日差押を解除した。)その後四谷税務署長は、原告に対し再三滞納税金の納付を求めたがこれに応じないため前記差押物件である昇降鋸盤、附属電動機について公売をなすこととし、昭和三五年四月一一日公売公告をなし、同月一三日原告に対し公売通知書を送達してその旨通知した。同月二一日右物件について公売がなされ、訴外萩原節が二八、一〇〇円で競落したため、原告に対し同日付で売却財産引渡書を送達した。右代金のうち二四、一九〇円を滞納税金に充当し、残余の三、九一〇円は同月二六日滞納者に交付した。

三、被告の主張

(一)  原告は本訴において、前記公売処分手続のうち、原告に対する公売通知書中に公売物件として前記電動機が表示されていなかつたことをもつて右物件に対する公売手続は違法であり無効であるものとするものの如くである。しかしながら、右物件について公売通知にこの表示をなさなかつたことが法の規定に適合しないとしても、それは極く軽微な瑕疵にすぎず、これによつて右物件に対する公売処分手続全体の無効を来すものではない。即ち、国税徴収法第九六条に定める公売の通知は、旧国税徴収法においてはこれを定めた規定がなかつたが、滞納者に差押をうけた財産について公売が行われることによつて滞納者の任意の納付を促し可及的に公売処分を避けようとする目的から行政上の便宜的取扱として行われたものであつた。ところが新法においては、これを法定の手続として明文の規定をおいたわけであるが、その趣旨とするところは、滞納者に対する関係においては旧法の下における取扱の目的と同じく、公売公告における公告事項及び公売にかかる国税額を滞納者に通知し差押をうけた財産について公売が行われることを了知せしむることによつて公売実施以前に滞納者からの任意の納付を期待するといういわば行政上の便宜を主目的とするものであつて、これを欠くことによつて滞納者の利益を著しく害するものではないから、仮りに公売通知を欠いたとしても、それは公売処分手続全体の無効をきたす瑕疵には当らないと解するのを相当とする。

本件においては、右公売通知は適法になされ、ただ右通知中公売財産としての物件の一部の表示を欠くに止まるのであるから、すでに滞納者に対し差押にかかる財産について公売処分がなされる旨を了知せしめその任意の納付を促したのであり、右物件の表示を欠くことによつて原告に対し何らの不利益を与えたものではないのであるから、右表示の欠缺をもつて公売処分が無効であるとなすことはとうていできない。

のみならず、本件電動機については主に昇降鋸盤の動力用に使用された右鋸盤に附属して一体をなすものと認められたので、差押及び公売手続においてこれを一括して取扱い、そのため物件の表示としても、差押の公示及び公売公告において、昇降鋸盤及び附属モーターと記載されたのである。これに対し公売通知書においては、公売物件として昇降鋸盤と表示したのみであつたが、もともと右電動機は、昇降鋸盤の附属物として取扱つてきたのであるから、この表示によつても電動機は昇降鋸盤の附属物として包含されるものと解するのが妥当であろう。何故なら主物と附属物とを一体として取扱つた場合には、主物の表示のみで全体を示すものとみるべきであり、更にその処分においても特に明示しないかぎり附属物は主物の処分に従うとみられるのであるから、本件においても、主物たる昇降鋸盤について公売財産として表示がなされた以上、附属物たる電動機もこれに含まれると通常解されるからである。このように解するならば、本件電動機についての公売処分には何らの瑕疵も存しないことになるのである。

以上いずれにしても、単に公売通知書中の公売財産の表示に本件電動機の記載がなかつたことをもつて、公売手続に瑕疵があり無効であるとする原告の請求は失当である。

(二)  原告は、本件電動機について被告の不法行為ないし違法行為によつてその占有を侵害された旨主張するが、本件電動機は公売処分によつて訴外萩原に適法に譲渡、引渡されたものであり、これによつて何ら不法に原告の占有を侵害したものではない。すなわち本件公売手続については、前述のとおり、本件電動機は昇降鋸盤外一点とともに差押、及び公売公告を経て公売に付され、最高価申込人たる訴外萩原に売却決定されたものであつて、その間の諸手続はすべて適法になされているから、同人はこれによつて物件の所有権を有効に取得したものであり、したがつて同人が右買受代金を納付した以上これに対して右物件の引渡をなしたことは何ら違法ではない。原告は、原告に対する公売通知書中の公売財産の表示にたまたま本件電動機の記載がなされていなかつた一事をもつて、右公売処分が違法であり、これにより損害をうけた旨主張するが、すでに述べたように、この程度の軽微な瑕疵はとうていこれをもつて公売処分を違法ならしめる瑕疵ということはできない。そうだとすれば、まして右処分が無効だとはいえない道理であるから、訴外萩原がこれによつて有効に本件物件を取得したわけであつて、同人に本件物件が引渡されたことは法律上当然のことであり、従つて原告の主張は全く理由がないものというべきである。

(証拠省略)

理由

原告が木製建具の製造販売を業とする有限会社であること、四谷税務署長が原告に対し昭和三〇年度法人税等の滞納処分として昭和三一年一〇月二六日原告所有の昇降鋸盤一台を差押え昭和三五年四月二一日これを公売したことは当事者間に争がない。

原告は、その所有の本件電動機は右の公売処分の目的物件ではなく、被告の主張する本件電動機に対する公売処分は無効であるから、被告に対し原告が依然本件電動機の所有権を有することの確認を求める旨主張するが、私法上の権利関係に関する確認の訴は原告の現在の法律上の地位の不安定を除去するにつき直載的な相手方をもつて被告とすべきであり、このような相手方をさしおいて現在の権利関係につき間接的な関係しか有しない者を被告とすることは、紛争の終局的な解決に資するゆえんでないので訴の利益がないものと解すべきであるから、本件電動機の所有権確認を求める請求は競落人を被告としてなすべきであつて、本件被告に対する原告の請求は訴の利益がないものといわねばならず、これを却下すべきものである。

そこで、本件電動機に対する公売処分の無効確認を求める請求の当否について考えてみるに、原告は、本件電動機は右公売処分の目的物件に含まれていなかつたから本件電動機に対する公売処分は無効である旨主張するが、成立に争ない乙第一号証、同第二号証、公文書であるから成立の真正を推定すべき同第三号証に検証の結果及び証人内田清太郎の証言を総合すれば、本件電動機も公売処分の目的物件に含まれていたことが明らかである。けだし、乙第一号証(差押調書)、同第二号証(差押公示書)によれば、四谷税務署長が昭和三一年一〇月二六日差押えた差押財産の差押調書上ならびに差押公示書上の表示は「一、昇降鋸盤(内田商会)一台、附属モーター(一馬力)一個、一、角ノミ機(内田商会)一台」となつているところ、検証の結果及び証人内田清太郎の証言によれば、本件電動機は、これを仔細に観察すれば、昇降鋸盤に直結式に設置されているものではなく、床下において、中間シヤフトを経てベルト掛式に何台もの木工機を運転するように設置されており、その意味で昇降鋸盤のみの起動力たるべく設置されていたものではないけれども、しかし右差押当時原告方において、本件電動機の起動力により中間シヤフトを経てベルト掛式に運転されるよう現実に設置されていたのは昇降鋸盤及び角ノミ機各一台だけであつて、公売処分時ないし現在存在する自動鉋機、手押鉋機は当時まだ設置されてなく、しかも本件電動機は、距離的に一見して、又実際の使用頻度からして、どちらかといえば昇降鋸盤の方を主にしてその動力用に使用されている現況にあつたのであり、もとより電動機としては本件電動機(一馬力)より外には存在しなかつたことが認められるのであるから、前記差押調書上ならびに差押公示書上の「附属モーター(一馬力)一台」とは本件電動機を指すものであることは疑なく、果してそうだとすれば、公売公告(乙第三号証)においても、差押にかかる昇降鋸盤一台附属モーター一馬力について公売をなす旨公告がなされている以上、本件電動機が昇降鋸盤と併せて公売処分に付せられたものであることは明らかであるからである(なお、当初差押にかかる角ノミ機一台については、その後原告の所有物件でないとして昭和三二年六月差押が解除されたものであることが乙第一号証によつて認められる。)。四谷税務署長が原告に交付した公売通知書には公売財産として「昇降鋸盤一台」とのみ表示されていたことは当事者間に争ないが、このことをもつて直ちに本件電動機が公売処分の対象から除外されていたと認めることはできず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。してみれば、本件電動機が公売処分の目的物件に含まれていなかつたことを事由に本件電動機に対する公売処分の無効確認を求める原告の請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。

原告は更に、本件電動機は四谷税務署長の違法な公売処分によつて競落人萩原節に占有を奪われてしまつたのでこれを現実に取戻すことができないから、被告に対し差押当時の時価相当額の損害賠償を求める旨主張するが、本件電動機が差押公売の対象物件であることは前記認定のとおりであるからその点の違法はないばかりでなく、原告の右主張が、公売通知書の公売財産の表示に本件電動機の記載を欠いたことをもつて公売処分が違法であるものとする趣旨だとしても、新国税徴収法の下では旧法下と異り、公売の通知は公売実施の要件とされていて単に行政上の取扱として行うにすぎぬものではなくなつており、かつ、公売通知においては本来公売公告にかかる公売財産をそのまゝ表示して通知すべきものではあるが、本件電動機は、差押当時前記認定のような実情にあつたところから、差押手続及び公売公告において昇降鋸盤の附属モーターとして取扱われてきたのであるから(したがつて原告としても、附属モーターとの表示による差押調書謄本を受領していることはもちろんである。)、たまたま公売通知書の公売財産の表示に附属モーターの記載を欠いたからといつて、とくに附属モーターは昇降鋸盤から切りはなし公売物件から除外する旨の趣旨もうかがわれない本件公売通知書の記載上、昇降鋸盤について公売財産としての表示がなされている以上附属モーターたる本件電動機も昇降鋸盤とあわせてこれを公売する趣旨の通知が右公売通知書によつてなされたものと解するのが相当であるから、本件公売処分にはこの点の違法もないといわなければならない。してみれば、原告の損害賠償を求める請求は、その余の、故意過失、損害額等の点につき考えるまでもなく理由がないものといわなければならないから、失当としてこれを棄却すべきものである。

以上の次第であるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

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